許せない「ナチス」発言!麻生お粗末な「歴史認識」をまたも露呈

 ☆8月4日の「産経新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <麻生氏あいさつ回り ナチスを例に民主を牽制 森氏とも会談

 自民党の麻生太郎幹事長は4日、国会内で江田五月参院議長を表敬訪問した。麻生氏は「ドイツはナチスに『一度やらせてみよう』ということで政権を与えてしまった」と述べ、民主党をナチスドイツに例えて民主党政権となった場合の日本の行く末を懸念。江田氏は「国民はどっちがナチスと思っているのか分かりませんよ」と応酬した。

 また、麻生氏は、「民主党は政権を取るつもりなら(国会運営を)しっかりやってもらわなければ困る」と注文をつけた。>

 ★はしゃぎ過ぎの麻生が、またもや懲りずにお粗末な「歴史認識」を露呈した。そもそも、ナチス・ドイツは、1919年に「ドイツ帝国」を倒して登場した社会民主党による「ワイマール共和制」が、第1次対戦後の復興の遅れー相対的安定期を経て、世界恐慌から共和制の崩壊へと向かう中で台頭してきた政治勢力であった。この過程を、念のために以下の「資料・ウィキペディア」からの引用によって確認しておこう。

 「1929年の世界大恐慌により、その煽りを受けてドイツでは国民のほとんどが失業者という空前の経済危機に陥った。当時のミュラー内閣は失業保険料の値上げを施行しようとしたが、閣僚の一人の強行な反対により与党も政策に不同意となり、ミュラーは政策を撤回することになる。政治の不安定さから有効な打開策を打ち出せず、大統領が強権を発動して内閣を入れ替えるなど、議会制も半ば形骸化してきた。そこへ、民主政治を無責任なものとして否定するナチスが、既成政党による政治への不信を募らせた大衆の支持を受けて台頭してくることとなった。そしてナチスが政権に就き、ヒトラーの全権委任法が制定されたことで、ヴァイマル憲法は事実上その効力を失った。」

 ★ここで見て置くべきは、ワイマール共和国の民主政治・議会政治の形骸化の中で、ナチスは、「民主政治を無責任なものとして否定」しつつ台頭してきたのであって、今の日本の政治状況とは根本的に異なるということである。ポイントは、3つある。第1は、「民主政治・議会政治の形骸化」の元凶は誰かということ。第2は、今の日本の民衆は断じて「民主政治を無責任なものとして否定」して行動しようとはしていないこと。第3に、民主党を筆頭とする野党勢力も、総選挙の早期実施を迫りきれない力の限界はあれ、この圧倒的な民衆の力を基盤として行動しようとしていること。

 ★第1の点について言えば、戦後60年の自民党支配こそが、丸ごと「民主政治・議会政治の形骸化」の進行の歴史であり、その帰結が今日の「自公偽装政権による二党独裁体制」の完成であり、この間の「議会のねじれ現象」は、その独裁体制に風穴が開けられつつあることの一つの表現形態に過ぎない。

 ★第2の点では、今の日本の民衆の切なる願いは、「早期の解散ー総選挙実施」の一点に集約されるものであり、「民主政治を無責任なものとして否定」しようとしたナチスとは正反対の「極めて民主主義的な要求」そのものであることが問題の核心である。

 ★第3の点では、むしろ野党4党は、この圧倒的な民衆の潜在力を、その政治スタイルの古さ故に、十分に生かし切れていないということである。政党が、大衆運動を積極的に組織しようとしていないのである。古来、大衆の力に依拠しようとする政党は、必ず自ら大衆運動を組織し、多くの場合その力をバックに政権奪取ー政権運営を遂げてきた。しかし、情けないかな、この重大局面にあって、民主党始め、どの党も自ら街頭に打って出て(ただの街頭演説や、屋内での講演会ではなく)大衆の自発的行動を促し牽引するような動きをとって来なかった。そのツケが、今、野党自らの首を絞め、全体として政党も民衆も「閉塞状況」に陥ってしまっているのである。「草の根世直し隊・かごしま」の「解散ー総選挙即時実施」を求めるこの間の2度にわたる「世直し行進」=抗議デモは、その閉塞状況を何とか打破したいと願う切羽詰まった思いに基づくものであった。

 ☆8月5日の「産経新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <麻生幹事長が「ナチス」発言で釈明  鳩山氏は謝罪要求


 自民党の麻生太郎幹事長は5日午前の記者会見で、4日の江田五月参院議長との会談で民主党をナチスに例える発言をしたことについて「民主党をナチスに例えたわけではない。参院で審議が行われない状況はいかがなものか、ということを例に出して言った」と釈明した。>

 ★麻生の釈明は、全くの欺瞞である。現に前日、江田参院議長に向かって「ドイツはナチスに『一度やらせてみよう』ということで政権を与えてしまった」と言っているではないか。「民主党をナチスに例えたわけではない」という言い抜けが通るほど、日本の民衆もマスコミも甘くはないだろう。自分が言ったことを撤回・謝罪するのではなく、論点をすり替えて逃げるというのは、自民党歴代政権ー「自公偽装政権」の得意中の得意技である。麻生もまたその例に漏れない。否むしろその筆頭に近いであろう。

 ☆8月5日の「 読売新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <麻生発言に小沢代表が反論、民主は「ナチスどころか正反対」

 民主党の小沢代表は5日、TBSラジオ番組で、自民党の麻生幹事長がナチスドイツを引き合いに民主党を批判したことについて、「民主党なんて、ナチスどころか正反対で、いつもバラバラだといわれているぐらい、非常に民主的な党だ。どういう思いで言ったのか理解できない」と反論した。>

 ★小沢氏の「反論」は、ポイントがずれている。民主党以前に、日本の民衆が極めて民主的な要求を抱いているということが民主党(および野党)の政治基盤なのであって、そのことこそが最大の強調点でなければならない。「民主党がいつもバラバラ」などということは、この際自慢にもならないおちゃらけの「反論」である。

 ☆Yahooニュース経由で「ウィキペディア」は以下の記述を伝えています。

 <(麻生は、)2003年5月31日、東京大学学園祭において「創氏改名は朝鮮人が望んだ」(満州や日本国内で経済活動をする上で朝鮮名が不利な場合があったという文脈での発言)、「日本はハングル普及に貢献した」と述べた。>

 ★麻生の「歴史認識」はお粗末極まりないことで定評がある。上記が、その典型である。
「創氏改名」については、以下の「フレッシュアイペディア」の記事を参照して置きたい。「朝鮮人が望んだ」なる浅薄な発言が、如何に歴史を知らないか、不勉強か、歴史の中の自分達に都合の良い説だけを論拠に発言しているか、一目瞭然である。 

 <創氏改名(そうしかいめい)は、大日本帝国において朝鮮総督府が本籍地を朝鮮に有する日本臣民(以下朝鮮人という)に対して実施した政策のこと。昭和十四年制令十九号で定められた「創氏」は強制で、昭和十四年制令二十号で定められた「改名」は任意であり、手数料を取られた。目的についてはさまざまな説がある。
            ・・・・・
●設定創氏をしないものに対して地方機関が行政的な強要、嫌がらせを行った結果であるとする見方2。このような行為が行われた理由には、単に末端吏員の暴走によるものであったという意見と植民地政府全体の意思であったという意見がある。

●国内外における日本内地人との差別を回避するために自発的に創氏したのだという見方。>

 ★「日本はハングル普及に貢献した」は、またもやお得意の牽強付会である。ハングルは、15世紀半ばに朝鮮語固有の文字として創始され、漢字に対抗して独自の発展経路をたどり、「開化期になると民族意識の高揚とともにハングルが広く用いられるようになる。・・・1894年に勃発した日清戦争の結果、朝鮮が清王朝の勢力圏から離脱すると、独立近代化の機運が高まった。1896年に創刊された「独立新聞」はハングルと英文による新聞であった。」(ウィキペディアより) どうやら麻生は、「日清戦争の結果、・・・独立近代化の機運が高まった」という部分のみを捉えて「日本がハングル普及に貢献した」と言いたかったようだが、その後の1910年の日韓併合に至る過程も含めて、中国による朝鮮支配が日本による朝鮮支配に取って代わったという本質に目をつむり、日本に都合の良い解釈を押しつけるという過ちを犯していると言わなければならない。あくまで、ハングルの普及は、朝鮮民衆自らによる独立近代化運動の所産であったと見るべきではないか。

 ★麻生は、はしゃぎすぎて、またお得意の「舌禍事件」を起こした。だが今回のナチス呼ばわりは、民主党に対する侮蔑のみならず、日本民衆全体に対する許すべからざる「挑発的言辞」である。不勉強な麻生が「一知半解」の「歴史認識」を振りかざし、政権党の幹事長という権威を振り回して突き進めば進むほど、今後も「舌禍事件」は後を絶たず、遠からず取り返しのつかない「墓穴」を掘って自滅するであろう。その麻生の自滅が、同時に「自公偽装政権」の終わりになるよう、我々民衆の側も目一杯奮闘しなければならない!  <哲>  


 
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